我が半生

前書き

お疲れさまです。咲楽と申します。
この記事は「あなたの田村ゆかりはどこから?Advent Calendar 2022」24日目(12月24日)に寄稿した記事です。

昨日はながたつさんの「記憶のゆりかご」でした。
まさかこの企画でレントゲン写真を見るとは思いませんでした。しっかりボッキリ。
骨折といえば、私も高校の部活(硬式野球)で練習中に2度折りました。
健康体が一番。

ちなみに、お恥ずかしながら私はD.C.~ダ・カーポ〜(ゲーム)未プレイでアニメを見た程度です。
なのでyozuca*さんのイメージが強かったりします。

1.はじめに

無駄に壮大なタイトルですが、ただ記憶の限りを綴ったら自伝のようになったのでそうしました。
普段は自分語りをするようなことはないので、どこから話せばいいのか、どこまで話せばいいのか非常に悩みましたが、最初から順を追ってFC入会までを記そうと思います。

2.入国までの経過

⑴ .田村ゆかりの存在を知る

まず、私がオタクの道へ突き進むキッカケとなった作品がありました。
「ラブひな」
連載当時中学生だった私はドハマりしました。
東北のド田舎で放送圏外だったアニメも、小遣いはたいて円盤(中古)を手に入れて解決したほどに。
そして2001年。
2000年末に放送された「ラブひな クリスマススペシャル ~サイレント・イヴ~」の円盤を手に入れます。
挿入歌で流れるのが「恋の天使 舞い降りて
これで「やまとなでしこ」を知ります。
成瀬川役の堀江由衣さんの歌声がするな。と思って早速インターネットで検索。
堀江由衣さんが田村ゆかりさんとユニットを組んでいることがわかりました。
でも当時はここまで。
知識だけ得て特に意識することなく終わります。
オタクの道へ突き進みはじめたばかりの私は、まだ声優個人に目が行かなかったのです。
専らキャラソンに走りました。

というわけで意識はしていなかったものの、振り返ってみれば初めて田村ゆかりさんの声を聞いたのはこの時でした。

⑵.田村ゆかりを認識をする

時は流れて2005年。
高校を卒業して今も勤めている会社に就職すると同時に上京、会社の寮に入りました。
初年度は職業訓練に明け暮れる日々。
寮の部屋にはテレビがなかったので、娯楽はマンガ、ラノベ、ポータブルでDVDとCD、そしてラジオ。
順調にオタクの道を進んでいた私は、収入を得るようになったことで比較的気軽に円盤が買えるようになり、その頃手を出したのが「舞−HIME
キャラクターの中で一番目を引いたのが「杉浦碧」。
熱血でキャラも濃いけど、声に惹かれました。
声優としての田村ゆかり初体験はココです。

さらに、当時付き合っていた彼女がこむちゃリスナーだったお陰で本格的にラジオを聴き始めました。
彼女は地元に残り、遠距離になってしまったため、共通の話題を作る目的ではありましたが。
そしてこむちゃの後番組は、あの「いたずら黒うさぎ」
こむちゃ終了後もラジオをかけ続け、黒うさぎもなんとなく聴いていました。
何週か聴いていくうちに
(黒うさぎの方が面白いなぁ…)
(そういや田村ゆかりって字面見たことあるなぁ…)
(堀江由衣さんの相方か!(ユニットが休止してるの知らなかった))
と、かつて得た知識がここで繋がり、それ以降は声を聴けばクレジット表記を見なくても「あ、田村ゆかりだ」と分かるようになっていきます。

⑶.初めて買った田村ゆかりのCD

ラジオを聴き始めて半年が経ち、ついにあのアニメが放送されます。
「魔法少女リリカルなのはA's」
先述のとおりテレビがないのでリアルタイムでは見てないんですが、こむちゃでは毎週「Spiritual Garden」が流れたあと、水樹奈々さんの「ETERNAL BLAZE」が流れるようになりました。
別にアニメ見ているわけでもないのに、なぜかこの2曲はすごい耳に残ったのです。
「Spiritual Garden」と「ETERNAL BLAZE」を同時に買った記憶があるので、発売してすぐにではないかったとは思いますが、これが初めて買った田村ゆかりさんのCDとなりました。(奈々さんも)

ちなみに初めて買った声優名義のCDは、林原めぐみさんの「サクラサク」です。
(ラブひなのOPとEDが収録)

⑷.ライブに行くようになった理由

新年度になって職業訓練的な期間も終わって、不定休で夜勤もある生活になり、配属先の寮に引越してテレビも見られるようになりました。
その後数年はラジオも毎週ではなく聴けるときは聴くスタイルとなり、普段は録画したアニメを消化してそれ以外はゲームなインドア生活を続けていた私の人生にターニングポイントが訪れます。
前述の彼女との破局です。
正確に言うと、その時には婚約者という肩書きだったのでさあ大変。
いろいろあった結果、疲れ果てた成人男性が爆誕しすることとなります。
ちなみに私は捨てられた側です。

いろんな気力を失ったまましばらくウダウダやってましたが、ある日そんな自分を客観視して流石にこのままではマズいと気がつきます。
これは自分から何かやらないと何も変わらない。
とりあえず興味はあったけど手を出していなかったものに挑戦してみます。
カメラを始めたのはこの時。
カメラ以外にもいろいろやってみましたがどれも一人で完結してしまい、方向性が違うんじゃないかと思い始めます。
ではどうするかと考えたところ、今までの自分なら絶対にやらなかったことをやってみようと思いつきました。
その結果行き着いたのが「ライブに行く」でした。
歌なんてCDで聴ければいいと思っていた私には結構な大転換だったのです。

思いついたのが2010年夏。
調べた結果、水樹奈々さんのライブが直近にあることを知ました。
会場も当時住んでいた場所から近かったことと、チケットも一般ですんなり取れたので参加を決めました。
というわけで、NANA MIZUKI LIVE GAMES 2010 BLUE STAGEが初めての現場に。
一般チケットで会場が西武ドームなので米粒くらいにしか見えませんでしたが、なんか凄かったです。パワフル。
なるほどこれはCDとは全然違うわ。
事前に情報を集めず出たとこ勝負だったのが反省点。
最新のCDくらい買うべきでした。

余談ですが、水樹奈々さんもラブひな出てるんですよね。ニャモちゃん役。キャラソンもあるし。
スゲーなラブひな。

⑸.ゆかりんライブ初参加

年が明けて2011年。
徐々にライブやイベントに興味を持ち始めた私は当然こう思います。
ゆかりさんのライブはどんな感じなんだろうと。
コールなんかは知らないけどラジオも時々は聴いてて曲はそこそこ知ってるし行っても楽しめるよね?
結局は震災関連で忙しくなったり、異動があったりでこの年は参加できませんでした。

そして気づけばあっという間に年の瀬。
少し前にゆかりさんがやっているのを知って、携帯の機種変更を機にTwitterをはじめます。
ちょうど11年前の今日のことです。
クリスマスイブの夜更けにTwitterをはじめる男性1名。
文字にすると寂しいけれど、私にとっては世界が広がった瞬間でした。
ここから広がった交流は本当に多いので、フォロワーさんには感謝しかありません。

一番下が登録日時


2012年2月26日
千秋楽  横浜アリーナ

これに行こうと一般チケットの抽選に申し込みますが落選してしまいます。
先にFC入らないとチケット難しいのか…、とほぼ諦めていたところに先着制の立見席チケットが発売され、なんとか勝ち取ってついにライブ初参加が叶いました。
当時のチケット

以前の反省点を活かして予習はバッチリ。(コールを除く)
1曲目の「アイマイボーダー」のイントロが流れた瞬間に響き渡る王国民の声。声量が凄い。
そして歌いだし。あなた達も歌うんですか。
凄いところに来てしまったと思いました。

アイマイボーダー。いいですよね。
黒うさぎのOPだったこともあって、イントロにこれから始まる感があって好きなんですよね。
春待ちソレイユでは最初に気に入った曲です。

あっという間に時間は過ぎて、気づいたら終わってました。
なんだこの幸せ空間は。
そして何よりゆかりんの表現力に感動しきりで
(ゆかりん凄い…。王国民も凄い…。)
とガッチリ心を捕まれたのでした。

この日のLOVE ME NOW!で、良かったら一緒にどうですかと腰に手を回してくれた隣の人。
それまで全然会話なんて無かったのにお声掛けいただけて嬉しかったです。
見知らぬ他人と関わって思い出を共有する。それは私にとって初めての経験でした。
お陰で良い思い出になっています。ありがとう。
ちなみにロリータファッションの女子でした。
(その後の発展はありません)

翌日の2月27日
最寄りローソンでFCに入会手続きをします。
会場でしなかったのは、どうせなら誕生日当日に入ろうと思ったからです。
お陰でかつての会員証は期限末日が2月27日になりました。

初めての会員証

3.おわりに

以上のような流れで入国してまもなく11年。
いろいろ書きましたが、あなたの田村ゆかりはどこから?という問いには「舞−HIMEといたずら黒うさぎ」が答えとなります。
その後のなんやかんやは人生的にはいらないイベントでしたが、その結果今これを書いているので人生何がどう転ぶか分からないものです。
その頃始めたカメラが、王国で友達ができていくキッカケになったのもまた事実。

思ったより長くなってしまいましたが、勢いに任せたまま書き記したのでご容赦ください。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


明日はいよいよ最終日。

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